カテゴリ:中華人民共和国・青島( 87 )

チンタオの中国系銀行店舗(中国青島の旅・64)

 ◆旧交通銀行青島支店
  ◎設計:中国人建築家?
  ◎竣工:1929年~1931年
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 先日はチンタオの三井・三菱・横浜正金などの日系商事や銀行、香港上海銀行などのイギリス系銀行として使われていた現存するオフィスビルを紹介しました。正直、第一世界大戦後から終戦に至るまでに日本企業が建てたオフィスビルは、威圧的な雰囲気すら漂う印象を抱きました。
 ではその時代、チンタオは日系企業の独壇場だったのかというと、そうでもなかったようです。帰国後調べてみると1920~30年代にここチンタオでは外国系の企業のオフィスだけではなく、中国資本のオフィスも数多く建てられていたそうです。現地で買った〔青島 城市老建築〕という古建築の解説書を見てみると(中国語のテキストを買ってそのまま3年近く放置しているで、分かる漢字で想像していますが・・・・)、何枚かその年代に中国系の企業として建てられたオフィスビルを撮影していました。
 その中の一枚が今回紹介させていただく、チンタオ旧市街地のメインストリート中山路にある旧交通銀行の青島支店です。建物の特徴としては石造り風の重厚な外観に、西欧の古典建築によく見られるコリント式のオーダー。また1920年~30年代は日本国内でも、このようなスタイルの銀行やオフィスビルが数多く建てられていたので、撮影した時には日系企業が建てたものだと思い込んでいました。
 果たしてこのオフィスを設計した建築家は、ただ単に銀行という事でこのような古典的なスタイルにしたのでしょうか?、それとも日系企業に対抗する意図でもあったのか個人的には気になるところです・・・・・。
 あと左手に写っているクリーム色のビルですが、同じ時期に山東大戯院という劇場として建てられたもので、現役の映画館として今も使われています。
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                               旧交通銀行のコリント式オーダー。
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by yotaro-hako-emura | 2008-01-01 19:05 | 中華人民共和国・青島

香港上海銀行青島支店(中国青島の旅・63)

 ◆旧香港上海銀行青島支店
  ◎設計:不詳
  ◎竣工:1917年
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戦前に建てられたかっての日系企業のオフィスが多く現存するチンタオ・館陶路にあった、ショッキングピンクの派手な塗装が施された建物。
このピンクの塗装ばかりに目がいってしまいますが、よく見るとドイツ版アールヌーヴォーともいうべき〔ユーゲントシュティル〕の雰囲気が漂う素敵な建物です。
帰国後調べてみれば、この建物は香港上海銀行のチンタオ支店として建てられたものだそうです。この銀行の建物というと、香港の顔とも言うべき超高層ビルディングの現在の本店や、長崎・上海・瀋陽などに残る戦前に建てられた西欧の古典様式のかっての支店を私は思い浮かべてしまいますが、チンタオ仕様なのかデザインは濃厚なドイツ風の仕上がりになっています。
現在はレストランとして使われているようです。


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この日の館陶路はあちらこちらで道路工事をしており、とても埃ぽかったです・・・・。
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by yotaro-hako-emura | 2007-12-29 13:05 | 中華人民共和国・青島

チンタオに現存するかってのイギリス系銀行店舗(中国青島の旅・62)

 ◆旧バークレー銀行(麦加利銀行)
  ◎設計:イギリス人建築家?
  ◎竣工:1925年ころ
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この建物は三井・三菱・横浜正金など、かって日系の銀行や商事として使われていた建物が多く軒を連ねる一帯にあったものです。
もとはイギリス系のバークレー銀行として建てられたものだそうですが、そう言われてみるとイギリス風にも見えてきてしまったり・・・・。
チンタオ旧市街地のメインストリートである中山路をひたすら直進し、通りの名前が館陶路と変わったすぐの場所にありますが、私が訪れた時は道行く人影もまばらで、この建物の周辺は鉄道の資材置き場があったり雑然とした雰囲気。しかも今にも雨が降り出しそうな天気も相まって、この建物がとても不気味に見えてきてしまったものです。
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by yotaro-hako-emura | 2007-12-29 12:36 | 中華人民共和国・青島

チンタオの旧日本取引所(中国青島の旅・61)

 ◆旧日本取引所
  ◎設計:三井幸次郎
  ◎竣工:1920年
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こちらは日本が青島を支配していた当時に建てられた取引所の建物。
外壁は石張り、正面に三角破風を置き、アカンサスの木を模したコリント式の列柱、そして建物正面には高い塔が置かれ、その中央にはドームが付けられたかっての日本人専用の取引所の外観は重厚なもので、威圧的な印象すら受けてしまいしまいました。
こういう建物、個人的には好みじゃないな・・・・。

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by yotaro-hako-emura | 2007-12-29 12:10 | 中華人民共和国・青島

朝鮮銀行青島支店(中国青島の旅・60)

 ◆旧朝鮮銀行青島支店
  ◎設計:三井幸次郎
  ◎竣工:1932年
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この建物は戦前、日本関連のオフィスが多く建てられた館陶路にあるかっての朝鮮銀行の支店です。
皆さんもご存知のように、戦前の朝鮮は日本の支配下に置かれていたので、実質は日系企業のオフィスと捉えたほうが良いかと思います。
そういう事で設計は日本人建築家によるもので、施工も大倉土木(現在の大成建設)が担当しています。
外壁の茶色のタイルや軒廻りのテラコッタなど、この頃の日本人好みの銀行建築な出来栄えです。あと、中国の銀行の玄関前には獅子の銅像が置かれていますが、この建物に似合っているような気がします。
この建物の前に車が何台か停まっていた為この角度からしか写真が撮れませんでしたが、もう少し細部を撮影すべきだと後悔している美しい建物でした。
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by yotaro-hako-emura | 2007-12-29 12:00 | 中華人民共和国・青島

横浜正金銀行青島支店(中国青島の旅・59)

  ◆旧横浜正金銀行青島支店
    ◎設計:長野宇平冶
    ◎竣工:1919年
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前回紹介した旧三菱商事の隣に現存するかっての銀行店舗。
この建物は第一次世界大戦後、チンタオが日本の支配下へと変わった1919(大正8)年に、横浜正金銀行の青島支店として建てられたものです。
設計は明治から昭和初期にかけて活躍してた建築家・長野宇平冶(1867~1937)によるものです。長野は東京日本橋の日本銀行新館をはじめ、明治から昭和初期にかけて数多くの傑作を残してきた建築家ですが、その近代建築界の大家の作品をチンタオで見れるというのも、とても不思議な感じがしました。
また長野はここチンタオへは訪れたことがなかったようですが、イオニア式の角柱に正面玄関上の三角破風など当時の日本人建築家が好んだ銀行スタイルを取り入れつつも、屋根のデザインはドイツ風に纏めています。ドイツ風建築が数多くあるチンタオでは異色といえる建物の一つです。
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by yotaro-hako-emura | 2007-12-29 11:59 | 中華人民共和国・青島

三菱商事青島支店(中国青島の旅・58)

 ◆旧三菱商事青島支店
   ◎設計:不詳
   ◎竣工:1918年
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この建物は第一次世界大戦の敗北により、ドイツが青島(チンタオ)から撤退して間もなくに建設されたかっての三菱商事のビルです。
建物正面に並んだ8本のイオニア式のオーダーなど、いかにも西欧の古典主義に則ったスタイル。私が青島で建物探訪をして見たなかでも異質な感じのする作品でした。
ドイツ租借地時代に多く建てられたモダンスタイルの建物から、この旧三菱商事ような威風堂々とした当時の日本らしい古典様式の建物が作られたというのも、青島の主権がドイツから日本へと変わったのを象徴しているかのようです。
あと戦前に建てられた日本国内の三菱関連の建物は現存しているものが少なく、この青島の旧支店は貴重な作品だと思います。

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                             右隣の建物は旧横浜正金銀行青島支店。
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by yotaro-hako-emura | 2007-12-01 12:30 | 中華人民共和国・青島

三井物産青島支店(中国青島の旅・57)

   ◆旧三井物産青島支店
     ◎設計:不詳
     ◎竣工:1920年

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今回から何軒か日本の企業としてビル・事務所として建てられた建築を紹介したいと思います。
皆さんもご存知のように、第一次世界大戦でドイツが敗退した1914年以降ここ青島(チンタオ)は日本の支配下となり、同地には日本企業のオフィスが数多く建てられました。
場所的にいうと青島旧市街地のメインストリートである中山路を北上したところに、数軒の日系企業の旧オフィスが何軒か現存しています。
そしてご覧頂いている写真の建物は三井物産の旧青島支店。個人的には三井物産の戦前に建てられた支店というと、横浜や小樽などのモダンな作品を連想してしまいますが、こちらは古典的なオーダーが付けられた少し重厚なデザインになっています。
但し、マンサール屋根のデザインはドイツ風だったりしますので、この建物を設計した日本人建築家は青島にこれまで建てられたドイツ様式の建築を意識したのでしょうか?。
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by yotaro-hako-emura | 2007-12-01 12:00 | 中華人民共和国・青島

チンタオ・大学路の洋館群と中国紅卍会旧址(中国青島の旅・56)

 ◆チンタオ・大学路の可愛らしい洋館群
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前回紹介した旧日本人中学校の建物より3分程度歩くと、青島の旧市街を南北に貫く〔大学路〕に突き当たります。
通りの名前は、旧日本人中学校が現在は青島海洋大学として使われている事から名付けられたようです。
そしてこの大学路には、ご覧いただいているような可愛らしい洋館が数軒並んで建っていました。
また例の如く、青島建築の伝統芸である20世紀初頭のドイツ・モダン様式を継承したスタイルですが、ヨーロッパ郊外の町に行った気分になってしまった私です(ちなみに欧州へは一度も訪れた事がないので、自分の勝手な妄想ですが・・・・)。
またその洋館の中の一軒は、カフェバーの看板が付いていたので、地元の若い人達に受けているのでしょうか?。

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 ◆中国紅卍会旧址
   ◎設計:中国人建築家?
   ◎竣工:1916年

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そして、先程の可愛らしい洋館の向かいには摩訶不思議な建物が・・・・・。
この建物は1916年、中国紅卍会の道場として建設されたものといいます。
私も不勉強のため紅卍会の詳細は知りませんが、当時の世界各国の宗教をごちゃ混ぜにした団体だったそう。
西洋の古典主義の建築スタイルを踏襲しながらも、それともまた違う不思議な建物でした。
現在は市立博物館として使われているそうですが、入り口が分からなかったたため、道路際から撮影したのがこの一枚です。

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そしてこちらは大学路から脇道に入ったところで撮影したものです。次回は青島の旧市街地のメインストリート〔中山路〕に残る、日本人が建てたオフィスビルディングを紹介したいと思います。
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by yotaro-hako-emura | 2007-11-18 23:23 | 中華人民共和国・青島

チンタオ・旧日本人中学校(中国青島の旅・55)

 ◆旧青島中学校〔現青島海洋大学〕
   ◎設計:三上貞
   ◎竣工:1920年7月
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チンタオ・小魚山の麓にある、青島海洋大学。この校舎は大正9年に日本人専用の中学校として建てられたものです。
設計は三上貞という日本人建築家で、第一世界大戦でドイツから日本へと主権の変わった青島に移住し、同地で活躍したといいます。
この建物の特徴としては、ドイツ租借地時代に青島に建てられた〔ユーゲントシュティル〕というドイツのモダンスタイルを継承している事でしょう。
また竣工当時、塔にはドームが取り付けられていました。

私も不勉強なもので三上の詳細は知りませんが、この建物は竣工まもなく日本建築学会の機関紙〔建築雑誌〕に紹介されています。
当時、この建築雑誌の竣工作品というのは、東京日本橋の日本銀行本店のような西欧の古典様式を継承したものが多く紹介されているのですが、このようなモダン様式の建物が同誌で取り扱われるのはとても珍しい事だったと思います。
大正9年というと、日本武道館や京都タワーの設計で名高い建築家・山田守や堀口捨巳と瀧澤真弓らの〔分離派建築会〕のメンバーが青島へ訪れ、ドイツ租借地時代に造られた建物を見学した年でもあります・・・・。この時期、国内では建築家・関根要太郎(1889~1959)など、ドイツのモダン建築様式〔ユーゲントシュティル〕を体現する人はおりましたが、三上はここ青島でドイツ租借地時代のモダン建築に劣らない名作を設計した訳です。

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                              小魚山の展望台より、現在の海洋大学を望む。
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by yotaro-hako-emura | 2007-11-03 00:20 | 中華人民共和国・青島