チンタオ・大学路の洋館群と中国紅卍会旧址(中国青島の旅・56)

 ◆チンタオ・大学路の可愛らしい洋館群
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前回紹介した旧日本人中学校の建物より3分程度歩くと、青島の旧市街を南北に貫く〔大学路〕に突き当たります。
通りの名前は、旧日本人中学校が現在は青島海洋大学として使われている事から名付けられたようです。
そしてこの大学路には、ご覧いただいているような可愛らしい洋館が数軒並んで建っていました。
また例の如く、青島建築の伝統芸である20世紀初頭のドイツ・モダン様式を継承したスタイルですが、ヨーロッパ郊外の町に行った気分になってしまった私です(ちなみに欧州へは一度も訪れた事がないので、自分の勝手な妄想ですが・・・・)。
またその洋館の中の一軒は、カフェバーの看板が付いていたので、地元の若い人達に受けているのでしょうか?。

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 ◆中国紅卍会旧址
   ◎設計:中国人建築家?
   ◎竣工:1916年

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そして、先程の可愛らしい洋館の向かいには摩訶不思議な建物が・・・・・。
この建物は1916年、中国紅卍会の道場として建設されたものといいます。
私も不勉強のため紅卍会の詳細は知りませんが、当時の世界各国の宗教をごちゃ混ぜにした団体だったそう。
西洋の古典主義の建築スタイルを踏襲しながらも、それともまた違う不思議な建物でした。
現在は市立博物館として使われているそうですが、入り口が分からなかったたため、道路際から撮影したのがこの一枚です。

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そしてこちらは大学路から脇道に入ったところで撮影したものです。次回は青島の旧市街地のメインストリート〔中山路〕に残る、日本人が建てたオフィスビルディングを紹介したいと思います。
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by yotaro-hako-emura | 2007-11-18 23:23 | 中華人民共和国・青島

チンタオ・旧日本人中学校(中国青島の旅・55)

 ◆旧青島中学校〔現青島海洋大学〕
   ◎設計:三上貞
   ◎竣工:1920年7月
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チンタオ・小魚山の麓にある、青島海洋大学。この校舎は大正9年に日本人専用の中学校として建てられたものです。
設計は三上貞という日本人建築家で、第一世界大戦でドイツから日本へと主権の変わった青島に移住し、同地で活躍したといいます。
この建物の特徴としては、ドイツ租借地時代に青島に建てられた〔ユーゲントシュティル〕というドイツのモダンスタイルを継承している事でしょう。
また竣工当時、塔にはドームが取り付けられていました。

私も不勉強なもので三上の詳細は知りませんが、この建物は竣工まもなく日本建築学会の機関紙〔建築雑誌〕に紹介されています。
当時、この建築雑誌の竣工作品というのは、東京日本橋の日本銀行本店のような西欧の古典様式を継承したものが多く紹介されているのですが、このようなモダン様式の建物が同誌で取り扱われるのはとても珍しい事だったと思います。
大正9年というと、日本武道館や京都タワーの設計で名高い建築家・山田守や堀口捨巳と瀧澤真弓らの〔分離派建築会〕のメンバーが青島へ訪れ、ドイツ租借地時代に造られた建物を見学した年でもあります・・・・。この時期、国内では建築家・関根要太郎(1889~1959)など、ドイツのモダン建築様式〔ユーゲントシュティル〕を体現する人はおりましたが、三上はここ青島でドイツ租借地時代のモダン建築に劣らない名作を設計した訳です。

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                              小魚山の展望台より、現在の海洋大学を望む。
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by yotaro-hako-emura | 2007-11-03 00:20 | 中華人民共和国・青島

チンタオ・魚山路の旧日本人住宅(中国青島の旅・54)

 ◆チンタオ・魚山路の旧日本人住宅
   ◎設計:日本人建築家?
   ◎竣工:1930年代
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中国の青島(チンタオ)は19世紀末から第一世界大戦でドイツが敗れるまで、ドイツの租借地として開発された街として知られていますが、それ以降は多くの日本人が移り住んだ事でも知られています。
今回紹介させていただいている邸宅も日本人の邸宅として1930年代に建てられたものです。
位置的に言うと、小魚山を峠越えするような感じで貫く魚山路を青島駅方面へ向かった、小魚山の麓にあたる場所にあります。
建物のスタイルとしてはドイツ時代に建てられたものを継承していますが、どことなく日本的な雰囲気も漂う作風です。
またこの邸宅がある一角には同様のスタイルの邸宅があり、恐らくこれらも日本人の邸宅として同時期に建てられたものでしょう。
邸宅の路地も綺麗に舗装され、家自体もちゃんと修繕されていたので、高級住宅として使われているのでしょうか?。

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 ◆朝鮮総督府青島出張所旧址
  ◎設計:日本人建築家?
  ◎竣工:1930年ころ
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以前、〔中国青島の旅・2〕で紹介しましたが、同じ敷地内にあるのがこの邸宅です。
先日発売された〔旅名人ブックス 青島と山東半島、日経BP企画〕でも紹介されてましたので、私も改めて案内させていただきます(笑)。
20世紀初頭にドイツで流行していたモダンな建築様式、〔ユーゲントシュティル〕のスタイルを引き継いだ、青島の歴史的建造物の中でも傑作なものだと思います。
あと、道端からだと見つけづらいので根気よく探しだしてください(笑)。

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こちらはその近くにあった邸宅。先の2軒と似たスタイルなので、これも日本人が建てたものと思われます。小窓がお洒落です。
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by yotaro-hako-emura | 2007-11-02 23:16 | 中華人民共和国・青島

チンタオ・小魚山の風情ある町並み(中国青島の旅・53)

 ◆青島・小魚山の風情のある屋敷の門と窓
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中国・青島(チンタオ)の小魚山で撮影した生活感溢れる屋敷の写真を、ここでは何枚か紹介したいと思います。
建物ウオッチャーの私がこのような写真を狙おうとすると、こんな機械的なものになってしまいましたが、雰囲気が伝わるでしょうか?。少し不安です。
あと最初の写真でご覧いただいた邸宅に〔1932〕と、竣工年を記すエンブレムが付けられていますが、小魚山の邸宅ではあちらこちらで見かけました。
中国人が建てたものか日本人が建てかは分かりませんが、ドイツ風の建築スタイルはドイツ人が青島から離れたあとも、伝統芸のように引き継がれたわけです。

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                         デート中のところ、たいへん失礼いたしました・・・・・・。
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by yotaro-hako-emura | 2007-11-02 22:05 | 中華人民共和国・青島

チンタオ・小魚山の租借地の石標?(中国青島の旅・52)

 ◆青島・小魚山の租借地時代の石標?
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中国・青島(チンタオ)の小魚山で見つけた石標です。私には〔租界〕と読めるのですが・・・・・。
これを見て長崎や横浜の山手に現存している、〔外人居留地〕の石標を思い出してしまいましたが、これも同様のものなのでしょうか?。謎の石標です。
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by yotaro-hako-emura | 2007-11-02 22:03 | 中華人民共和国・青島

チンタオ・小魚山の風情のある坂道(中国青島の旅・51)

◆チンタオ・小魚山の景色

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久しぶりに青島の旅行記を紹介したいと思います。
今回紹介する場所は、20世紀初頭ドイツ租借地時代に開発された旧市街地の端に位置する〔小魚山〕です。
小魚山の展望台は有名ですが、その周辺にはこのような風情のある街並みが残っています。
この項では、あまり多くの説明は必要ないように思うので、写真のみお楽しみください・・・・。

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by yotaro-hako-emura | 2007-11-01 00:10 | 中華人民共和国・青島