チンタオ・ドイツ風外観の銀行店舗、日本憲兵隊総部(中国青島の旅・66)

 ◆旧東菜銀行青島支店(日本占領時期は憲兵隊総部として使用される)
  ◎設計:不詳
  ◎竣工:1923年
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 今回紹介するのはチンタオ旧市街地のメインストリートの一本隣の河南路にある建物。1920年代に中国資本の銀行の支店として建てられたものだそうです。
 これまで数回に渡り、ドイツがチンタオより撤退した1910年代半ばから30年代にかけて建てられたかっての日本・イギリス・中国企業のオフィスを紹介しましたが、こちらの建物は少し雰囲気が違ったものになっています。何が違うかというと、その外観。ドイツ租借地時代にチンタオに建てられたドイツ風の流れを継承したようなデザインになっているのです。
 何を勘違いしたか建物の全景を撮っていなかったので建物のデザインについて説明しづらいですが、屋根の形や正面玄関の波打った破風のデザイン、ベランダが付いた〔コロニアルスタイル〕の作りなどが、ドイツ租借地時代に造られた建物の流れを組んでいると思います。
 また日本占領時は憲兵隊の総本部、国民党政権の時代は白色テロの拠点として使われるなど、数奇な運命をたどった建物のようです。
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後方に見えるのは百盛(パークソン)デパートが入る高層ビル。前方の旧東菜銀行は外観・内装とも新しい感じでしたので、旧建物を一端解体して以前の建物を忠実に再現するレプリカ保存の方法がとられていると思います。
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by yotaro-hako-emura | 2008-01-01 23:37 | 中華人民共和国・青島

チンタオの旧日本取引所(中国青島の旅・61)

 ◆旧日本取引所
  ◎設計:三井幸次郎
  ◎竣工:1920年
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こちらは日本が青島を支配していた当時に建てられた取引所の建物。
外壁は石張り、正面に三角破風を置き、アカンサスの木を模したコリント式の列柱、そして建物正面には高い塔が置かれ、その中央にはドームが付けられたかっての日本人専用の取引所の外観は重厚なもので、威圧的な印象すら受けてしまいしまいました。
こういう建物、個人的には好みじゃないな・・・・。

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by yotaro-hako-emura | 2007-12-29 12:10 | 中華人民共和国・青島

朝鮮銀行青島支店(中国青島の旅・60)

 ◆旧朝鮮銀行青島支店
  ◎設計:三井幸次郎
  ◎竣工:1932年
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この建物は戦前、日本関連のオフィスが多く建てられた館陶路にあるかっての朝鮮銀行の支店です。
皆さんもご存知のように、戦前の朝鮮は日本の支配下に置かれていたので、実質は日系企業のオフィスと捉えたほうが良いかと思います。
そういう事で設計は日本人建築家によるもので、施工も大倉土木(現在の大成建設)が担当しています。
外壁の茶色のタイルや軒廻りのテラコッタなど、この頃の日本人好みの銀行建築な出来栄えです。あと、中国の銀行の玄関前には獅子の銅像が置かれていますが、この建物に似合っているような気がします。
この建物の前に車が何台か停まっていた為この角度からしか写真が撮れませんでしたが、もう少し細部を撮影すべきだと後悔している美しい建物でした。
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by yotaro-hako-emura | 2007-12-29 12:00 | 中華人民共和国・青島

横浜正金銀行青島支店(中国青島の旅・59)

  ◆旧横浜正金銀行青島支店
    ◎設計:長野宇平冶
    ◎竣工:1919年
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前回紹介した旧三菱商事の隣に現存するかっての銀行店舗。
この建物は第一次世界大戦後、チンタオが日本の支配下へと変わった1919(大正8)年に、横浜正金銀行の青島支店として建てられたものです。
設計は明治から昭和初期にかけて活躍してた建築家・長野宇平冶(1867~1937)によるものです。長野は東京日本橋の日本銀行新館をはじめ、明治から昭和初期にかけて数多くの傑作を残してきた建築家ですが、その近代建築界の大家の作品をチンタオで見れるというのも、とても不思議な感じがしました。
また長野はここチンタオへは訪れたことがなかったようですが、イオニア式の角柱に正面玄関上の三角破風など当時の日本人建築家が好んだ銀行スタイルを取り入れつつも、屋根のデザインはドイツ風に纏めています。ドイツ風建築が数多くあるチンタオでは異色といえる建物の一つです。
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by yotaro-hako-emura | 2007-12-29 11:59 | 中華人民共和国・青島

三菱商事青島支店(中国青島の旅・58)

 ◆旧三菱商事青島支店
   ◎設計:不詳
   ◎竣工:1918年
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この建物は第一次世界大戦の敗北により、ドイツが青島(チンタオ)から撤退して間もなくに建設されたかっての三菱商事のビルです。
建物正面に並んだ8本のイオニア式のオーダーなど、いかにも西欧の古典主義に則ったスタイル。私が青島で建物探訪をして見たなかでも異質な感じのする作品でした。
ドイツ租借地時代に多く建てられたモダンスタイルの建物から、この旧三菱商事ような威風堂々とした当時の日本らしい古典様式の建物が作られたというのも、青島の主権がドイツから日本へと変わったのを象徴しているかのようです。
あと戦前に建てられた日本国内の三菱関連の建物は現存しているものが少なく、この青島の旧支店は貴重な作品だと思います。

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                             右隣の建物は旧横浜正金銀行青島支店。
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by yotaro-hako-emura | 2007-12-01 12:30 | 中華人民共和国・青島

三井物産青島支店(中国青島の旅・57)

   ◆旧三井物産青島支店
     ◎設計:不詳
     ◎竣工:1920年

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今回から何軒か日本の企業としてビル・事務所として建てられた建築を紹介したいと思います。
皆さんもご存知のように、第一次世界大戦でドイツが敗退した1914年以降ここ青島(チンタオ)は日本の支配下となり、同地には日本企業のオフィスが数多く建てられました。
場所的にいうと青島旧市街地のメインストリートである中山路を北上したところに、数軒の日系企業の旧オフィスが何軒か現存しています。
そしてご覧頂いている写真の建物は三井物産の旧青島支店。個人的には三井物産の戦前に建てられた支店というと、横浜や小樽などのモダンな作品を連想してしまいますが、こちらは古典的なオーダーが付けられた少し重厚なデザインになっています。
但し、マンサール屋根のデザインはドイツ風だったりしますので、この建物を設計した日本人建築家は青島にこれまで建てられたドイツ様式の建築を意識したのでしょうか?。
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by yotaro-hako-emura | 2007-12-01 12:00 | 中華人民共和国・青島

チンタオ・旧日本人中学校(中国青島の旅・55)

 ◆旧青島中学校〔現青島海洋大学〕
   ◎設計:三上貞
   ◎竣工:1920年7月
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チンタオ・小魚山の麓にある、青島海洋大学。この校舎は大正9年に日本人専用の中学校として建てられたものです。
設計は三上貞という日本人建築家で、第一世界大戦でドイツから日本へと主権の変わった青島に移住し、同地で活躍したといいます。
この建物の特徴としては、ドイツ租借地時代に青島に建てられた〔ユーゲントシュティル〕というドイツのモダンスタイルを継承している事でしょう。
また竣工当時、塔にはドームが取り付けられていました。

私も不勉強なもので三上の詳細は知りませんが、この建物は竣工まもなく日本建築学会の機関紙〔建築雑誌〕に紹介されています。
当時、この建築雑誌の竣工作品というのは、東京日本橋の日本銀行本店のような西欧の古典様式を継承したものが多く紹介されているのですが、このようなモダン様式の建物が同誌で取り扱われるのはとても珍しい事だったと思います。
大正9年というと、日本武道館や京都タワーの設計で名高い建築家・山田守や堀口捨巳と瀧澤真弓らの〔分離派建築会〕のメンバーが青島へ訪れ、ドイツ租借地時代に造られた建物を見学した年でもあります・・・・。この時期、国内では建築家・関根要太郎(1889~1959)など、ドイツのモダン建築様式〔ユーゲントシュティル〕を体現する人はおりましたが、三上はここ青島でドイツ租借地時代のモダン建築に劣らない名作を設計した訳です。

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                              小魚山の展望台より、現在の海洋大学を望む。
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by yotaro-hako-emura | 2007-11-03 00:20 | 中華人民共和国・青島

チンタオ・魚山路の旧日本人住宅(中国青島の旅・54)

 ◆チンタオ・魚山路の旧日本人住宅
   ◎設計:日本人建築家?
   ◎竣工:1930年代
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中国の青島(チンタオ)は19世紀末から第一世界大戦でドイツが敗れるまで、ドイツの租借地として開発された街として知られていますが、それ以降は多くの日本人が移り住んだ事でも知られています。
今回紹介させていただいている邸宅も日本人の邸宅として1930年代に建てられたものです。
位置的に言うと、小魚山を峠越えするような感じで貫く魚山路を青島駅方面へ向かった、小魚山の麓にあたる場所にあります。
建物のスタイルとしてはドイツ時代に建てられたものを継承していますが、どことなく日本的な雰囲気も漂う作風です。
またこの邸宅がある一角には同様のスタイルの邸宅があり、恐らくこれらも日本人の邸宅として同時期に建てられたものでしょう。
邸宅の路地も綺麗に舗装され、家自体もちゃんと修繕されていたので、高級住宅として使われているのでしょうか?。

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 ◆朝鮮総督府青島出張所旧址
  ◎設計:日本人建築家?
  ◎竣工:1930年ころ
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以前、〔中国青島の旅・2〕で紹介しましたが、同じ敷地内にあるのがこの邸宅です。
先日発売された〔旅名人ブックス 青島と山東半島、日経BP企画〕でも紹介されてましたので、私も改めて案内させていただきます(笑)。
20世紀初頭にドイツで流行していたモダンな建築様式、〔ユーゲントシュティル〕のスタイルを引き継いだ、青島の歴史的建造物の中でも傑作なものだと思います。
あと、道端からだと見つけづらいので根気よく探しだしてください(笑)。

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こちらはその近くにあった邸宅。先の2軒と似たスタイルなので、これも日本人が建てたものと思われます。小窓がお洒落です。
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by yotaro-hako-emura | 2007-11-02 23:16 | 中華人民共和国・青島